セッション3(アピール・トゥー・パブリック):アテンションデモクラシーの可能性〜 炎上・分断から信頼・共感へ 〜|第7回日本GRサミット

SNS時代において「注目(アテンション)」は、アテンション・エコノミーを支える経済資源であると同時に、政治や社会を動かす重要な要素となっている。誰が注目され、どの課題が可視化されるかは、世論形成や政策判断に大きな影響を与える。

一方で、アルゴリズムによるフィルターバブルによって、異なる意見や視点に触れにくくなっている現実もある。

本セッションでは、「アテンション・デモクラシー」という視点から、注目の集まり方や分配のあり方を民主主義の課題として捉え直した。そのうえで、注目を公共的な課題や熟議につなげ、社会の中に共感と信頼をどのように積み重ねていけるのかが議論された。

登壇者

熊谷 俊人(千葉県知事)

山尾 志桜里(弁護士 / IPAC(国際対中政策議連)日本ディレクター)

乙武 洋匡(作家)

モデレーター:堀 潤(ジャーナリスト)

1.はじめに

SNSは、誰もが発信できる時代をつくった。

しかし同時に、炎上や分断が拡大しやすい環境も生み出している。注目は集まる。けれど、必ずしも「理解」や「合意」につながるわけではない。むしろ、対立や感情の衝突のまま消費されてしまうことも多い。

では、どうすれば「アテンション」を、社会にとって意味のある対話や熟議へとつなげることができるのか。そして、プロセスの中で、共感や信頼を積み重ねることは可能なのか。

本セッションは、この問いに対して、政治・法律・メディア・表現の現場から立体的に迫る試みであった。

2.セッション内容

(1)熟議が生まれるテーマと、分断を生むテーマ

● 生活に密着したテーマは、SNS上でも対話が生まれやすい
● 抽象度の高い政治テーマは、イデオロギー対立を招きやすい
● SNSの良し悪しではなく、「何を議論するか」が重要である

熊谷氏の経験から示されたのは、SNSそのものの特性以上に、扱うテーマの性質が対話の質を左右するという点である。

市長時代には、保育や教育、交通といった生活に根ざした課題について、市民とのやりとりを通じて熟議が成立していた。

一方、知事就任後は、より抽象度の高いテーマや立場性の強い論点が増え、不平不満やポジショントークが前面に出やすくなった。現実に接地したテーマほど熟議が生まれやすいことが見えてくる。

(2)SNSは「社会を動かす場」から「信頼を守る場」へ

● SNSは政策を動かすだけでなく、社会を守る役割も持つ
● 日常発信の積み重ねが「信頼の防波堤」になる
● 人間性の可視化が、誤情報への耐性を高める

熊谷氏は現在のSNSの役割を「防波堤」と表現した。

日々の発信を通じて、自身の人間性や行政の取り組みを可視化し続けることで、誤情報や扇動的な言説から政策判断を守る。

単なる広報ではなく、信頼を積み上げるプロセスである。特に、家庭人としての姿や感情の側面を含めて発信することで、「権力者」ではなく「一人の人間」として認識されることが、社会の分断を和らげる基盤となる。

(3)炎上の起爆力と、包摂的な言葉の持続力

● 扇情的な言葉は強い拡散力を持つが、スティグマを残す
● 包摂的な表現は、参加の裾野を広げる
● 短期的な可視性と長期的な信頼は異なる

山尾氏は「保育園落ちた日本死ね」の事例を通じて、炎上が持つ力と限界を振り返った。

強い言葉は社会問題を可視化し、大きな動きを生み出すが、一方で長く残るスティグマも伴う。その後に生まれた「保育園入りたい」という表現は、より多くの人が関われる形に転換され、結果として持続的な政策議論の基盤となった。

社会を動かすには「強さ」だけでなく、「包摂性」が不可欠であることが示唆される。

(4)「アーカイブ」が信頼をつくる

● 発信は「その場限り」ではなく記録として残る
● 検証可能性が信頼の基盤になる
● 日々の発信の蓄積が、長期的な価値を持つ

堀氏は、メディアの役割が「動員」から「検証と記録」へと移行していると指摘した。SNSにおいても同様に、日々の発信を蓄積し、後から検証できる状態を保つことが重要になる

。山尾氏の「一日一日のピン留め」という実践は、個人レベルでのアーカイブの重要性を示している。発信の積み重ねは、その人の思考や判断の履歴として機能し、将来における信頼の基盤となる。

(5)「面白さ」と「真面目さ」をどう両立するか

● 情報を届けるためには「面白さ」が必要
● しかしユーモアは炎上リスクと隣り合わせ
● 一貫したキャラクターが信頼を支える

発信には注目を集める工夫が必要であり、「面白さ」はその重要な要素である。一方で、ユーモアや演出は誤解を招きやすく、炎上の原因にもなりうる。

議論では、無理に面白くしようとするのではなく、自身のキャラクターに即した発信を続けることの重要性が共有された。最終的に人は「何を言っているか」だけでなく「誰が言っているか」で判断するため、一貫した人格の表現が信頼の基盤となる。

(6)「嘘と金」が言論環境を歪める

● フェイク情報と収益化が結びつきやすい構造がある
● 短期的な収益がデマを助長する
● 制度的な対応の必要性が議論された

SNS上では、扇動的な情報や誤情報が拡散されやすく、収益につながる構造が存在する。「嘘と金」の関係は、言論の質を大きく歪める要因となっている。

議論では、選挙期間中の収益制限や収益化の遅延といった制度的対応の可能性が提示された。表現の自由とのバランスを取りながらも、民主主義を守るための仕組みの再設計が必要であるという認識が共有された。

(7)対立ではなく「混ざる場」をつくる

● 理念だけでは分断は解消されない
● 実際に人が交わる場が関係を変える
● SNSはその実践を可視化できる

乙武氏は、地域食堂の事例を通じて、分断を超える実践の重要性を示した。排外的な主張や理念的な共生論だけではなく、実際に人が出会い、関係を築く場をつくることが本質的な解決につながる。SNSは、そうした小さな実践を可視化し、共有する役割を持ちうる。

対立を拡散するだけでなく、関係を編み直すプロセスを伝えることが、SNSのポジティブな可能性である。

3.まとめ

  • 注目を集めることと、信頼を育てることは同じではない
  • SNSは、社会を動かす力であると同時に、社会を揺らす力でもある
  • 熟議は、自然に生まれるのではなく、テーマや場の設計によって支えられる
  • 生活に接地したテーマほど、人は自分ごととして関わりやすい
  • 強い言葉は可視性を生むが、長く社会を支えるのは包摂的な言葉である
  • 日々の発信は、その場で消えるのではなく、蓄積されて信頼になっていく
  • 政策や主張だけでなく、人としての輪郭が見えることも共感の土台になる
  • 面白さは大切だが、演出よりも一貫した人柄のほうが信頼につながる
  • フェイクや収益化の構造は、民主主義の環境そのものを歪めうる
  • 分断を超えるには、理念を語るだけでなく、人が実際に交わる場を育てることが重要である

さいごに

SNSは、分断を広げる装置にもなれば、関係を編み直すきっかけにもなる。その違いを生むのは、アルゴリズムだけではなく、私たち一人ひとりの関わり方でもある。

注目をどう集めるかではなく、その先で何を育てるのか。

アテンションを、熟議へ。そして、信頼と共感の蓄積へ。

その問いは、これからも続いていく。

投稿者プロフィール

片野 絢子
大学にて企業と大学をつなぎ、システム情報学を軸とした共同研究を推進する産学連携、ものづくり企業にて森里川海の循環を中心とした教育事業に従事。システムズ・アプローチによる都市生活をデザインする「アーバンデザインセンター神戸」の運営委員兼事務局も担う。

現在,社会人大学院生としても在学中。「自然との共生」をテーマに、海と山をつないで生態系を意識したサステナブルな​人を醸成・育成するESDの開発・実践を目指す。