セッション2(ルール・チェンジ):社会を動かす「ルール・チェンジ」の力|第7回日本GRサミット

社会課題の解決には、時に法律や制度そのものを変える「ルール・チェンジ」が不可欠となります。しかし、法律はどのようにして生まれ、どのようにして現場に届くのか――そのプロセスは、当事者以外にはほとんど知られていません。

本セッションでは、2006年に成立した「自殺対策基本法」を題材に、民間から政策変革を起こすための技術と戦略を議論します。NPO代表として法律の成立・改正を牽引してきた実務家、自治体の長として現場での社会実装を推進してきた知事、そして中央省庁で社会保障制度の設計に携わってきた官僚――三者の視点から、アジェンダ・セッティングから立法、社会実装に至るまでの政策変革の技術を解き明かします。

ルールを変えるのは、制度ではなく人である。その実践知を共有します。(イベントHPより一部引用・編集)

登壇者

清水 康之(NPO法人自殺対策支援センター ライフリンク代表 /一般社団法人いのち支える自殺対策推進センター代表理事)

阿部 守一(長野県知事 / 全国知事会会長)

山崎 史郎(内閣官房 人口戦略本部・全世代型社会保障構築本部事務局 総括事務局長)

モデレーター:小木曽 稔(株式会社政策渉外ドゥタンク・クロスボーダー代表取締役)

1.はじめに

本セッションでは、自殺対策基本法の成立(2006年)から、都道府県・市町村への計画策定義務化を盛り込んだ改正(2016年)、そして全国自治体での社会実装に至るまでの約20年間のプロセスが、当事者たちの言葉で語られました。

議論を通じて浮かび上がったのは、政策変革とは法律を作ること自体がゴールではなく、「アジェンダ・セッティング」「立法」「社会実装」という一連のプロセスであるという認識です。ルールの背後にいる「人」の気持ちと行動を変えることこそが本質であるという視座が、具体的なエピソードを交えて提示された、実践知に富むセッションとなりました。

2.セッション内容

以下のようなポイントについて、課題の共有と議論が実施されました。

アジェンダ・セッティング:ファクトで社会の認識を変える

1998年に年間自殺者数が3万人を超えたにもかかわらず、当時は「自殺は個人の問題」という認識が支配的であり、社会的な対策は何も行われていませんでした。

清水氏はNHK報道ディレクター時代の取材を通じて「自殺の多くは追い込まれた末の死である」という実態を知り、番組だけでは社会が動かないことを痛感して2004年にNHKを退職、ライフリンクを設立しました。

転機となったのが、自殺で亡くなった523人について、その遺族523人から詳細な聞き取りを行った「自殺実態白書」の作成です。全国市町村単位の自殺データも盛り込んだ白書を1万部刷り、各国会議員の選挙区データに付箋を貼って議員事務所に届けることで、当事者意識の喚起に成功しました。

山崎氏は「自殺対策が始まったのは、この実態を世の中に出したこと」と評し、阿部氏も「理屈は論争になるが、事実は否定できない」と、ファクトに基づくアジェンダ・セッティングの重要性を強調しました。

立法プロセス:超党派の信頼関係と民間からの後押し

2006年の基本法成立は、参議院厚生労働委員会における与野党筆頭理事間の信頼関係をベースとした超党派の枠組みで実現しました。

与野党対立が激しい中、清水氏は民間側から1ヶ月半で10万筆の自筆署名を集めて参議院議長に届け、超党派の動きを後押ししました。

その後、自治体間で自殺対策への取り組みに格差が生じたことから、清水氏は議員連盟のアドバイザーとして2016年の基本法改正に尽力し、全ての都道府県・市町村に自殺対策計画の策定を義務化する改正が実現しました。

議員立法では原則として全会派の党内手続きが完了しなければ法案を提出できず、1文字の修正でも全てやり直しとなるため、「1回も失敗してはいけない緊張の連続だった」と、その困難さが語られました。

社会実装:法律の趣旨を現場に届ける

法律を作るだけでは社会は変わらないという認識が全員に共有されていました。清水氏は、政策の社会実装には「枠組みを作る」段階と「現場に根付かせる」段階の2つがあると整理しました。

具体例として、2016年の改正直後に長野県で全国のモデルとなる計画と計画策定のガイドラインをセットで作成し全国に展開したプロセスが紹介されました。現在では全都道府県、市町村の96%超が計画を策定しています。

阿部氏は、自殺対策のように横断的な課題では計画義務化が有効だったとする一方、一般論として「意味のない計画も多い。縦割りの計画をさらに作らせるのはやめてほしい」と率直な見解も示しました。今後の課題としては、長野県で先行する「子どもの自殺危機対応チーム」の全国展開が挙げられました。

持続的な変革のための官民の相互補完

山崎氏は、行政の根本的な制約として人事異動(基本2年)を指摘し、「1年2年で制度が定着するはずがない。ライフワークとしてやってもらえることは実はすごく強い」と民間の継続性の価値を強調しました。

阿部氏も県民から最も多い苦情が人事異動であると紹介し、官民の人事交流拡大を訴えました。

清水氏は、民間の弱みである経済的不安定さを率直に認めた上で、行政の安定性と民間の継続性を組み合わせ、さらに超党派の議員連盟が方針の一貫性を担保することで、政治・現場・行政がスクラムを組む形が実現できると述べました。

ルール・チェンジの本質:人の行動変容

山崎氏は、「ルールという化け物があるのではなく、ルールを作り運用している人間がいる。その人間の気持ちをどう変えるか――行動変容をどうさせるかが全てであり、結果としてルールが変わる」と述べ、制度ではなく人に働きかけることこそがルール・チェンジの本質であるという見解を示しました。

社会を動かす資質として「悲観的に考え、楽観的にやる」ことの重要性も語られました。

3.まとめ

セッションを通じて、ルール・チェンジとは法律を作るという一時点の行為ではなく、アジェンダ・セッティング、立法、社会実装という一連のプロセスであり、その全段階において「情熱」「ファクト」「人のネットワーク」が不可欠であるという認識が共有されました。

法律そのものではなく人の行動変容こそがルール・チェンジの本質であるという山崎氏の指摘は、特に印象に残りました。

セッションの終了にあたり、各登壇者より下記のようなまとめのコメントがありました。

  • 清水氏
    • 政策の社会実装には「枠組みを作る」段階と「現場に根付かせる」段階があり、自治体での先行事例が法律の説得力にも全国展開のモデルにもなる。今後は子どもの自殺危機対応チームの全国展開をさらに進めていきたいと述べました。
  • 阿部氏
    • 課題が国・都道府県・市町村のどのレベルで解決すべきかを見極めること、そしてファクトに基づく具体的な提案を行動力のある政治家や行政マンに届けることが、社会を変える近道であると述べました。
  • 山崎氏
    • ルールを作り運用しているのは人間であり、その行動変容こそが全てである。「悲観的に考え、楽観的にやる」姿勢と、志を共有するグループの力が社会を動かすと述べました。

投稿者プロフィール

角尾 誠
角尾 誠(一社)日本GR協会 GRオフィサー
神奈川県横須賀市出身。慶應義塾大学理工学部卒業。

新卒でアクセンチュアに入社し、官公庁向けの業務支援を皮切りに、様々な業界のCRM改革・DX推進プロジェクトに従事。その後、デジタルガレージにて海外発のビジネスモデルを基にした新規事業立上げを経て、製造業領域やFinTechのスタートアップにて大規模組織マネジメントや営業組織統括など、IT領域で事業開発と組織づくりに取り組んできた。

30代前半より、いずれ地域貢献や公共性の高い活動に軸足を移していきたいという思いから、自治体と大学が主催する人材育成プログラムへの参加等を通じて知見を深める。2025年には総務省の地域活性化起業人制度を活用して北海道木古内町に常駐し、教育・スポーツ分野の活性化や官民連携の枠組みづくり等に携わった。この経験をきっかけにGR協会の活動を知り参画。

現在は地方発スタートアップであるBloom Actの東京オフィス立上げメンバとして事業開発に取り組んでいる。新規事業の立上げや組織づくりで培ってきた経験を官民連携やまちづくりの世界でも活かしていきたいと考えている。